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第四十五章 二匹の野獣 茂樹を乗せたタクシーは浅草の浅草寺の裏側を回って馬道通りとの交差点を越え、言問橋に向かう左側にある隅田公園の前で止まった。 「あの公園の向こう側に、隅田川に面して八代マンションが見えますよ」 老運転手は、指を指して茂樹に教えた。 「ちょっと時間がかかると思いますが、待っていてくれますか?」 丁寧に喋る茂樹に、老運転手は笑いながら、「あいよ」と答えた。 八代マンションは十五階建ての古いマンションで、710号室は七回の端にあった。 エレベータを降りた、茂樹は、710号室の前に立って、深呼吸をしてからチャイムを押した。 ドアが開いて、辰子が玄関ホールに立っていた。 「和田さん、帰んなさい!ここには、野獣がいるから」 辰子が絞り出すような声で言った時、奥から背の高い、がっしりとした精悍な顔つきの男が静かに出てきた。 「お前さん、誰だい?何か用かい?」 もの凄い迫力を全身からみなぎらせて、茂樹を圧倒した。 「あたしのいい人よ。あたしが呼んだの」 辰子は声を震えさせて、その男に言った。 「そうですかい。まああんたも、お好きなことで。ここでの濡れ場は困りますよ」 ニヤッと笑って、その男は奥へ消えていった。 「外へ出ましょう!」 辰子は、茂樹の手をひっぱってエレベータホールに向かいながら、後ろから誰もついて来ないのを確かめてから言った。 「あの男は野獣よ。さっきも柴田夫婦の前で、余計なことをした手下の男の右腕を日本刀で斬り落としたのよ。何でも、剣道、合気道の達人らしいわ」 エレベータに乗った二人は、一階から隅田公園に出た。 隅田川に面した公園のベンチの前で、「ここに、座りましょう」と辰子が言った。 「それで、あの夫婦をどうしようと言うんですか?」 茂樹が辰子に聞くと、「杉本耕作が借りた二億円を取り戻すまで、監禁リンチを続けるつもりだわ。十日も続ければ、先ず死んじゃうでしょうけど、そうなったら、死体を切り刻んで、内臓を売り払うと二人分で結構な金額になるらしい」 「何で、二億円なんですか?二千万円じゃなかったのですか?」 憤慨しながら、茂樹は辰子に言うと、「本当は、そうだけど、あの男、お金がまだ欲しくて、二億円の柴田勇作の保証人つきの借用書を出したの。それで三千万円持って、どこかへ逃げてしまったわ」 「ママさんが、三千万円をやったのでしょう?」 責めるような目をした茂樹は辰子を睨んだ。 「あたしも、この道のプロだから、金儲けをみすみす逃がすことはできないわ」 辰子が、ちょっと弱気の声を出しながら言った時、「キイイッ」と、自動車が急ブレーキをかけた音がした。 音の方向に、目を向けた二人は、タクシーから降りる耕一の姿を見た。 「怪物だわ!和田さん、この場所教えたの!」 叫ぶように、今度は辰子が、責めるような目をして茂樹に言った。 「いえ、僕は教えていません」 さっぱり訳が解らない茂樹は、驚いて返事をしたが、『耕一が来てくれたら、何とか助け出せる』と内心ほっとした。 「二匹の野獣が顔を合わせたら、必ずどちらかが死ぬわ」 辰子は体をぶるぶる震わせて言った。 『そうだ、耕一に野獣がいることを教えてやらないと!』 茂樹は携帯電話を取りだして、公園の横の道をゆっくりと歩いている耕一に電話をした。 胸から携帯電話を取り出した耕一は黙っていた。 「もしもし、杉本!和田だ!隅田川の方を向いて見ろ!」 耕一は二人の姿を確認したが、笑って手を振って、そのまま歩いて行った。 「耕一、710号室には、剣道と合気道の達人の化け物がいる!気をつけるんだ!」 叫ぶように言った茂樹のメッセージが伝わったらしく、耕一は、笑いながら、また手を振ってVサインをした。 「やっぱり、あれは化け物だわ!」 辰子が叫んだ。 |