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第四十六章 志節の違い 茂樹が、耕一の後を追いかけ、エレベータの前でやっと追いついた。 「杉本。俺も一緒に行く。相手は野獣だし、日本刀も持っている」 耕一は茂樹の性格を熟知していたから、静かに笑いながら、「まあいいけど、その野獣の前には絶対出ないと約束しろよ。他のサンピンはお前の好きなようにしろ。いいな」 茂樹は頷いた。 古いマンションのエレベータだけに、揺れながら、「ゴン、ゴン」と音がする。 その音が、まるでこれから地獄への道に降りていくトンネルの中の轟音のように聞こえた。 エレベータが七の数字のところで止まった。 耕一は、茂樹の胸を押して、エレベータの壁にくっつくように指示した。 ドアが開いたが、耕一は出ようとはしなかった。 その瞬間、三人の男が、ドスを持って、エレベータの中に進入して来た。 耕一が、すかさず、彼らの股座を蹴りあげた。そしてすぐにエレベータのドアを閉めた。 床に、うめき声をあげて、三人の男が倒れた。 「おい、野獣は710号室にいるのか?他に何人いるんだ?」 両手で股座を抑えて、苦しんでいる男に、聞きながら、その股座を強く握ると、「ヒイイイ!」と悲鳴をあげた。 「早く、答えないと、潰れてしまうよ」 笑いながら、更に強く握った。 「ポン!」という音がして、その男は気を失ってしまった。 それを見ていた別の男と視線が合った耕一は、ニタッと笑った。 「ウルフとあと四人が710号室で、あんた達を待っている」 苦しそうに喋る男に、耕一は、「ありがとう。もう眠ってもいいよ」と言って、もう一人の男の腹も同時に拳で撃ちおろした。 エレベータは八階でまた開いた。 「さあ、降りよう」 茂樹に促して、耕一はエレベータを出た。 八階の廊下を進むと、一番端が810号室であった。 「この真下に710号室があるんだな」 耕一は810号室のチャイムを押したが返事がない。 ポケットから、針金を出して、ドアロックの穴に入れて何回か回すと、「カチャ」と言う音がして、ドアロックが開いた。 静かにドアを開けて、中の様子を見ている耕一の背中を見ていた茂樹は、不法侵入罪を犯しているのに、何か子供の探検ごっこをしているようで、楽しくなってきて、度胸が座ってきた。 「誰もいないようだ。別に何も盗まなければ、ここの住人は侵入されたことも気がつかないよ。さあ入ろう!」 中からドアの鍵をロックした耕一は、ズボンのポケットから縄をひっぱり出し、それを持ってベランダに出た。 「ここから、710号室のベランダに降りるんだ」 ベランダの端から縄を垂らして、まず耕一が降りていった。 710号室はカーテンも閉めているはずだから、ベランダの様子が中から見えないことを、耕一は計算していた。 710号室のベランダに降りた二人は、ベランダの床に煙草の吸いカスがいっぱい散らかっているのを見て、お互いにニタッと笑った。 静かに、ドアの下に力を入れると、ドアが少し動いた。 隙間ができて、茂樹が中を覗いて、首を縦に振った。 耕一が頷いて、静かにドアを開けて入った。 中には誰もいなかった。 部屋に忍び込んだ二人は、人の声が隣の部屋でするのを聞いた。 耕一は、茂樹に指で、隣の部屋を指し、自分は玄関側の部屋に行くと合図した。 耕一は、チンピラ達が柴田夫婦を見張っているのが隣の部屋で、野獣は玄関側にいると察知したのだ。 廊下に出た耕一は茂樹に、Goサインを出した。 襖を蹴破った茂樹の姿を見て、チンピラ達は仰天した。 その音を聞いた、ウルフと呼ばれている野獣が玄関側の部屋から飛びだして来た。 そこに耕一が仁王立ちしていた。 手に持っていた日本刀を、すかさず抜いたウルフはニヤッと笑って、「お前さんが、仙台の怪物かい?」と聞いてきた。 耕一はニタッと笑って黙っていた。 視線が合った途端、ウルフは悟ったのだ。 『こいつは本当に怪物だ』 しかし、ウルフもそれなりの武道の心得がある。 狭い廊下を利用して、刀の先を耕一に向けてまっすぐ突いてきた。 前に出るか、後ろに引くしか出来ないと判断しての鋭い突きだった。 しかし、耕一の姿が一瞬消えた。 耕一を見失ったウルフが廊下でうろうろしていると、「おい、こっちだ!」 後ろで耕一の声が聞こえた。 ウルフは、恐怖で怯えたらしく、また同じ突きで突進してきた。 耕一がかわすと、そのままウルフは玄関のドアを開けて逃げてしまった。 「こんな世界にいて金に目が眩むと、いくら腕に自信があっても、魂が腐って志節がからっきしないから、いくら格好つけても最後にはボロを出すんだ!」 同じ武道家として、情けないと思った耕一は、後を追う気にもならなかった。 |