第四十七章  美奈子危うし

ウルフが逃げ去った後、耕一はすぐに奥の部屋に戻った。
腰が抜けて壁にもたれ、震えているチンピラ連中を睨みつけながら、茂樹が心配そうに柴田夫婦の方に、視線を向けた。
茂樹の視線で、耕一は柴田幸子の様子がおかしいのに気がついた。
「奥さん、大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけた耕一の方を振り向いた勇作は、「あなたは?」と質問した。
「杉本耕一といいます」
「ああ、あなたが化け物の・・・」と言ってから、勇作は、「失礼しました。この連中がそう言っていたものですから」
耕一は笑いながら、「こいつら、そんなことを言っていましたか。それより奥さんの方が心配です」
我に帰った勇作は、深刻な表情になって、「目の前で、人間の腕が斬り落とされ、そのショックで、精神がおかしくなったようです」
耕一はウルフの仕業だと察っし、「あれこそ化け物ですが、臆病風を吹かして逃げてしまいました。化け物もああなれば大したことはないんです。化け物と言われた僕も実はすごく臆病なんですよ。人間に化け物なんていないですよ」
勇作から見れば、こんな状況の中を乗り込んで来るだけで大変な勇気がいるはずなのに、謙虚な態度の耕一に好感を持った。
「とにかく、病院に行きましょう。和田、タクシーを呼んでくれ!」
茂樹の方を向いて言うと、「タクシーは下で待ってくれている、今すぐ行こう!」
「和田、悪いが奥さんを頼む。ウルフの奴がどこで潜んでいるかも知れないからな」
茂樹は幸子を抱き抱え、耕一が先頭で歩く後をついていった。
四人がエレベータで一階まで下りると、辰子がホールで全身血だらけになって倒れているのを発見した。
「ウルフの奴の仕業だな。和田、タクシーはどこに待っているんだ?」
隅田公園と八代マンションの間の堤になっている道の傍に老運転手のタクシーは停まっていた。
「柴田さんと和田は奥さんを連れて、病院に行ってくれ。俺は救急車を呼んで、来るまで、ここに待っているから」
耕一の姿が小さくなって行くのを、バックミラーで見ながら、老運転手は茂樹に言った。
「あの青年は、まさに怪物ですね。日本刀を持って顔を真っ青にして逃げ去って行く男を見かけましたが、それはもう恐怖に襲われた表情そのものでした。
ただ、わたしの観では、あの男、松涛に向かったと思いますが、あの若い女性のことが気になりますね」
運転手の話を聞いていた勇作は、「美奈子が家にいるんですか?」と叫ぶように言った。
茂樹も美奈子のことを思い出して、辰子が美奈子のことをウルフに喋っている可能性があることに気がついて、携帯電話で耕一に連絡した。
「そうか、あの野獣は結構頭も回るようだな。松涛の家に電話して美奈子さんに注意しておくことだ。いくら何でもまだウルフが松涛に行くにしても小一時間はかかるはずだ」
茂樹は勇作の家の電話番号を聞いてかけてみたが、誰も出ない。
美奈子の携帯電話にもかけたが、出て来ない。
「どういうことだろう?」
と首をかしげている姿を見て、勇作の顔色が変わっていった。