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第四十八章 変身 自分自身のいい加減さに、ほとほと嫌気をさしていた美奈子は、自分の部屋で考えていた。 一階のリビングルームにある電話が鳴っても、自分の携帯電話が鳴っても、耳に入らなかった。 「キイイイッ!」という音が外でして、初めて気がつき部屋の窓から見下ろすと、黒い車が門の前に止まっていた。 『両親が帰って来たかも知れない!』、と一瞬思い、呆然としていた意識が、正常に戻ったのだ。 黒い車の中から、背広を着た背の高い男が降り、門のチャイムを押して、くるりと体を回し背中を見せた瞬間、『ああ!あの時の応接間から出て来た男だ』美奈子は思い出したのだ。 その時、美奈子の頭の中でいろいろな思いが巡り巡った。 『こんな気持ちになったのは初めてだわ』 必死に考えている自分に、本人も驚いたのだ。 『チャイムに出るべきか』 今までの美奈子であれば、何も考えずに、部屋の中で閉じこもるだけであっただろう。 『相手は、わたしに見られていたことを知らないはずだ』 信じられないほど、いろいろな考えが湧いて来る。 『あの時の服装と違って、正装している』 必死に考えると、次々と明晰な答えが出て来る自分に驚きを感じる美奈子の心は、ますます冷静になっていくのだった。 『何か魂胆があるはずだわ』と思った瞬間、美奈子は、自分の部屋にもある画像付 チャイムの受話器を挙げていた。 「どちら様でしょうか?」 「渋谷警察の刑事課の武藤と申します。ご両親が大変なことになっていると、署に電話が入りまして、駆けつけて来ました。お嬢様ですか?」 美奈子は完全に腹を据えていた。 『ぬけぬけとあんな嘘をついて。きっと、わたしが狙いなんだわ。そうは行かないわ!』 相手が野獣のウルフであると知っていたら、これほど大胆な気持ちになれずに怯えていたかも知れなかっただろうが、知らぬが仏で、怖いもの知らずのトランス状態になっていた美奈子は、落ち着いて返事をした。 「門まで行きますが、遠いので、少々お待ちください」 門のチャイムに口をつけんばかりで喋っていたウルフが、ニヤッと笑っていたのを画面で見てから、美奈子は茂樹の携帯電話に掛けた。 「もしもし。美奈子さん!今どこにいるのですか?」 茂樹が叫ぶように聞いてきたが、美奈子は落ち着いて事情を説明した。 茂樹も、美奈子の両親が無事であったことを伝えたら、横で聞いていた勇作が、「美奈子は無事だったのですか?」と大きな声で言った。 記憶喪失状態に陥っていた幸子が「美奈子」と聞いて、「ピクッ」と反応して「美奈子は大丈夫なんですか?」と正常に戻ったのだ。 「美奈子さん、ご両親は無事で今ここにおられます」 そのことを聞いた美奈子はますます大胆になっていくのだった。 「わたしが、何とかして、あの男を引きとめておきますが、どれぐらい引きとめておけば、いいのですか?」 茂樹は、『杉本に連絡しなければ』と思ったが、時間が無いので、自分で計算して、「美奈子さん、一時間だけ頑張ってください。そうしたら我々が行きますから」 と返事して、電話を切り、すぐに耕一に電話をして事の仔細を説明したら、耕一は既に松涛に向かっている途中だった。 「多分、あの野獣の考えることだと思っていたから、救急車が来てから、すぐにタクシーに乗ったんだ。今、赤坂から青山通りに入ったところだ。松涛まで三十分もかからないと思う。それまで美奈子さん、頑張ってくれることを祈っているよ」 その事を伝えようと思った茂樹は、美奈子の携帯電話にかけてみたが、もう電源を切られていた。 『一時間何とかすればいいんだわ』 もともと度胸のある美奈子は、玄関のドアを開けて門に向かってゆっくりと歩いていった。 閉まった門の隙間から、ウルフの黒い皮靴が見えた。 「刑事が、そんな趣味の悪い派手な靴を履くわけがないでしょう!」 口の中で言いながら、ますます落ち着いていく自分の気持ちに心地良さを感じるのだった。 |