第四十九章  連携プレー

耕一はタクシーの中から、松涛の柴田家に電話をした。
茂樹から電話番号を聞いた耕一は、「電話で牽制するから」と言った。
ウルフを応接間に通した美奈子は、事情をまったく知らない振りをしてウルフの警戒心を解こうとした。
「両親が、どうかしたのでしょうか?わたしは先ほど仙台から帰って来たばかりでしたので」
ウルフは内心ほくそ笑みながら、顔では真剣な表情をして、「詳しい事情はよくわからないのですが、あなたに関係のある事件で、ご両親が暴力団に連れ去られたようです。思い当たる節はないでしょうか?」
『この男は、わたしを試している。小手先では駄目だわ』
内心そう思った美奈子は、ずばり事実を言った。
「わたしの恋人の借金の保証人に、わたしが父の代わりにサインをしてしまったお陰で、そういうことになったのだと思います」
ウルフの反応を見るために、正面から堂々とウルフの目を見て言う美奈子に、逆にウルフが目をそらした。
武道家の習性で、自分の心の中を読ませまいという気持ちが反射神経的に出たのだ。
『やはりこの男は暴力団に違いない!人間の目をしていない』
仙台から帰って来たままの服装をしていた美奈子は、短いスカートから露わに出ている大腿部が余りにも刺激的だと思って、なるべくボディーラインの出ない、ジャージに着替えていた。
『こんな野獣はいつ襲って来るかわからないわ。だけどこの服装ではその気にもならないでしょう』
美奈子の思惑通り、彼女が門を開けると、後ろからしげしげと彼女の体を上から下まで舐めまわすように見たウルフは、『お嬢様にしては、もっさりした格好で色気なんてまるでない女だな。楽しみが一つ減ったな』と思っていた。
そこに耕一から電話がかかってきたのだ。
応接間にもある受話器を、美奈子は敢えて取り上げた。
決してウルフに背中を見せず、「もしもし。柴田ですが」と静かに言った。
「美奈子さん、耕一です。表情を変えずに返事してください。そこに例の男がいるのですね?」
「はい、そうです。申し訳ありませんが父は今おりません」
耕一は更に言った。
「僕は、いま松涛の近くまでタクシーで来ています。お父さんの会社の人間として伺うことにして門の前まで行きますから。うまく出て来てください」
事情を呑み込んだ美奈子が答えた。
「ああ、そうですか。書類だけなら、預かっておきますから、いま家の近くまでいらっしゃるならどうぞお越しください。お待ちしています」
そう言って美奈子は電話を切った。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
ウルフが警戒心を燃やして聞いてきた。
「いえ、父の会社の方が、書類を届けることになっていたらしく、すぐ傍まで来られて電話してきたのです。だから書類をわたしが預かることにしたのです」
ウルフが、しばらく動けない耕一の作戦だった。
『余計な時に、馬鹿野郎が来やがって!』内心叫んでいた野獣だったが、ここはその男が引き上げるまで何も出来ないと思った。
その時、門のチャイムが鳴った。
「はい、どちら様ですか。ああ、先ほどの佐藤さんですか。早いですね、すぐにそちらに参りますから、少しお待ちください」
そう言って、チャイムの受話器を持ったまま、美奈子はウルフに言った。
「すみません。書類を受け取りに行くだけですから、お待ちください」
ウルフの表情には明らかに不満の表情が出ていたのを美奈子は逃さなかった。
『いくらどう言っても、所詮頭の悪いやくざだわ。感情がすぐに顔に出ている。ふん!』
怪物の耕一が門のところまで来てくれていると思うと、美奈子の心に余裕が出てきた。