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第五十章 真の強者は怪物 耕一は、家の中からウルフが見張っているかも知れないことを想定して、スーツをきっちりと着て、眼鏡を掛けてヘアースタイルも無理やりオールバックにした。 途中の百円ショップで、その為に眼鏡とヘアージェルを買ったのだ。 『これなら、気づかれないだろう』 ウルフと八代マンションで立ち合った時は、スーツの上着を着ていなかったし、眼鏡をかけ、ヘアースタイルが変わっていては、遠くから眺めているだけでは、耕一だとはウルフも見分けられなかった。 応接間からでは門の様子を窺うことが出来なかったウルフは、美奈子が玄関を出て行ったと同時に、吹き抜けになっているホールの横の階段を上がって階段の踊り場から門の方を見下ろした。 背は高いが、スーツをきっちりと着て、眼鏡を掛けている男が、若い美奈子に頭を下げている姿を見て、『サラリーマンて野郎はもっさりした恰好しやがって、あんな不恰好な娘にぺこぺこして情けねえ奴だ』 バブル発生以来、暴力団の金儲けの標的は大企業であった。特に、銀行や証券会社を脅して金を捲きあげてきたから、大企業の弱点を熟知していた。 反社会勢力の代表である暴力団から見ても、日本の大企業サラリーマンは情けない職業に写るらしい。 『あんな野郎が俺たちの世界に入ったら、指をつめるのは十本では足りないだろうよ。まったく情けねえ。そりゃあ、素人の女でも愛想をつかして、俺たちの方に惚れるぜ』 彼らほど、己を知らない人種も珍しい。 よくよく考えてみれば、彼らの世界こそ、現代のごま擦りサラリーマン社会の原点なのだ。 親分に擦り寄って、ごまを擦りまくるのは、彼らのお箱だ。それだけに余計、門の前で若い女に遜った男を見ていると、まさか、その軽蔑している男が、ウルフが初めて恐怖を持った怪物だとは知らずに、嫌悪感を抱くのだった。 「あの男が、多分こちらを見張っていると思います。書類を渡してから、僕は裏側に回ります。勝手口はありますか?」 耕一が頭をぺこぺこ下げる振りをしながら美奈子に聞いた。 「はい、ちょうど真裏に勝手口があって、鍵も開いています」 頭を低く下げて、「それでは、あなたは戻ってください。玄関の横の応接間にいるんですね。あとは僕に任せてください。それじゃ」 耕一は、お暇する振りをして門から離れ、来た道を歩いて行った。 その様子を確認したウルフは、急いで階段を下りて、応接間に戻った。 玄関のドアが開く音がして、応接間に美奈子が戻ってきた。 「すみません、お待せしてしまって」 美奈子の何気ない態度にすっかり騙されたウルフは、態度をがらりと変え、笑いながら、「いや、構いませんよ。お気遣いなさらないでください」と言った。 『さあ、これからお勤め開始だ。少々不恰好な女でも、この際構わねえや』 内心思いながら、ウルフは美奈子に近づいて行った。 美奈子の顔は化粧もしていなっかったのでわからなかったが、スッピンの美奈子の顔立ちが意外に綺麗なことに気がついたウルフは思わず笑ってしまった。 「何がおかしいんですか?」 美奈子が聞くと、急に野獣の顔つきになったウルフの手が美奈子の肩に伸びた。 その瞬間、「バタン!」という音がして、耕一がドアの前に立っていた。 「化け物だ!」 ウルフが叫んだ。 「今度は逃さないぞ!美奈子さん、壁際に下がって!」 耕一が美奈子に怒鳴るように言った、その瞬間、「ピカッ」と光る長いドスが耕一めがけて飛んで来た。 すかさずよけた耕一は、ドスを持ったウルフの右手を、掴みねじあげた。 合気道を身につけたウルフは、するっと自分の右手を中心に回転させ、耕一の手から外した。 「八代マンションで、お前のお手並を拝見したかったのだが。やっとここで願いが適ったな。さあ、来な!」 再び、ドスを握ったウルフは、剣道の達人だ。 距離を空けてから、ウルフは臨戦体制に入った。 再び、ドスが光って、耕一の胸めがけて一直線に走った時、「ええい!」と肝を潰すような音がした。 「ヒイイイ!」とウルフが発する悲鳴の叫びが聞こえた。 ウルフのドスを持つ手がくるっと曲がって、その刃先が、ウルフの二の腕に鋭く落とされ、肘から先の腕がポトンと絨毯の上に落ちた。 落とされた腕が掴んでいたドスをすかさず拾いあげた耕一は、ウルフの左腕の肘から下も斬り落とした。 「さあ。これで、お前の自信の源泉であった腕は両方共、永遠にお前とは、おさらばだ。今度は足も片方づつ落として行こうか?」 恐怖と痛みで悲鳴をあげているウルフの足を睨みつけると、さすがのウルフも完全に参ったらしく、「怖い、助けてくれ!」 と叫び声を出した。 「よく言うよ。ほんのさっき、お前の手下の腕を斬り落とした御仁が、自分の腕が斬り落されたお返しをされただけだよ。それぐらいの事でうろたえるんじゃないよ」 「本当に怪物だわ、この人」 美奈子は呆然と様子を見ているしかなかった。 |