第五十三章  哀れ辰子・哀しや美沙子

茂樹は、渋谷駅の売店で夕刊を買って、ハチ公の前で美沙子が来るまで待っていた。
六時までまだ十五分もあったので、新聞を買って何気なく一面を見ると、下の方に「女サラ金業者殺される!」という記事が載っていた。
昨日の朝、辰子から電話があり、怪物・耕一を怖れて、事の次第を茂樹に伝えに来た後、どこかへ姿をくらませてしまった。
記事に載っていた女サラ金業者とは辰子のことだった。
茂樹の顔が真っ青になった。
大学時代のアルバイトで世話になり、その後、実の弟のように可愛がってくれた辰子だけに、驚きよりも悲しみと怒りがこみ上げて来るのだった。
記事では、千葉の九十九里浜で車ごと焼き殺されたと書いてあった。
サラ金業者同士の内輪もめが原因としか書いていなかったが、頭の回転の速い茂樹は、事情をすぐに呑み込めた。
『自分に監禁リンチのことを漏らした為に、制裁を受けたに違いない』
悲しいことであったが、茂樹には何も出来なかった。
急に、憂鬱になった時に、美沙子がやって来た。
「どうかしたのですか?顔色が良くないけど」
心配そうに茂樹の顔を下から覗くにような仕草が、茂樹の気持ちを和らげてくれた。
新聞を美沙子に見せて、「ロンドンのママが殺されたんだ」と吐き捨てるように言った。
言葉に出すと、怒りがこみあげてくる。
「ええ、なんですって!」
美沙子も仰天して、新聞を見た。
レストランで夕食をしている間も、二人の会話はほとんど無かった。
茂樹の気持ちを考えると、仕方ないと、美沙子も思うのだった。
レストランを出た二人は、あてもなくぶらぶら歩いた。
「もう帰りましょうか。送ります」
茂樹が、口をかみしめて言った。
「まだ、帰りたくありません」
美沙子も、口をかみしめて言った。
ぶらぶら歩いていたら、道玄坂を上がり切ったところに、「ホテル・ロンドン」という看板が立っていた。
「殺されたママの店と同じだ」
茂樹は呟いた。
「入りましょう。ここに」
美沙子から言いだしてびっくりした茂樹は、「同情からならやめましょう」と言うと、美沙子は下を向いてしまった。
『確かに同情心もある。だけどそれだけではない』
下を向きながら美沙子は心の中で呟いていた。
「いえ、そんなんじゃありません。そうしたいから言ったんです」
茂樹は、硬派中の硬派だが、そこまで女性に言わせただけでも男の恥じだと思った。
茂樹の方から、ホテルの入り口に入って行った。
部屋に入っても、美沙子は黙ったままで、茂樹に任せるしかなかった。
茂樹は、美沙子の肩を抱いて、そのまま体を引き寄せた。
昨日の、玄関で抱きしめられた感触が戻ってきた美沙子は目をつぶった。
茂樹の唇が美沙子の唇に重なって、二人の腕は強く相手を抱きしめた。
『嬉しい!』
意識が朦朧とした中で、美沙子は呟いた。
その瞬間、自分の体がよろめいて、ベッドの上に倒れ、茂樹の体が重なり合った時、普段の自分に戻ってしまった。
「すみません。今日はここまでにしてください。ごめんなさい」
茂樹も、無理やりは本意でないから、すぐに了解した。
『今まで、何度同じことがあったか。また今度もだわ。美奈子なら何も考えないで行き着く処まで行ってから考えるけど、わたしはすぐに先のことを考える』
そんな自分を嫌になることもあったが、それが女性のあるべき姿だとも思っていた。
純潔を守る義務感などはなかったが、男と女が裸で抱きあうことは、余ほど気持ちが高揚しないと出来るものではないと頭だけではなく、体で思っているのが美沙子なのだ。
しばらく、接吻を交わしながら、茂樹はそれ以上の行為をしようとはしなかった。
「ありがとう」
美沙子は、初めて本当に好きだと思った。
しばらく無言で抱きあった二人は、それだけで満足だった。
茂樹も、今どき珍しい女性に、感激していた。
茂樹は部屋のテレビを点けてみた。
「どうしたの?」
美沙子が茂樹の腕に掴まりながら訊いた。
「うん、ロンドンのママのことがね・・・」
美沙子は思った。
『やはり気になるのだわ・・・』
テレビでは、女サラ金業者殺害の事件のニュースが流れていた。
「よかった!ママじゃなかった!」
茂樹は美沙子に抱きつき子供のようにはしゃいでいた。
『よかった!』
美沙子も茂樹を胸に抱きながら呟いていた。