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第五十六章 適齢期 タクシーで吉祥寺の家まで帰った美沙子は、家の前にタクシーが停まっていたのを見て、『茂樹さんだわ!だけどどうしてタクシーを待たせているのかしら?』 不思議な思いと不安がよぎった複雑な気持ちで玄関のドアを開けた。 「ただいま!」 美沙子の声で、応接間から母親の美子が、慌てて出て来た。 「和田茂樹さんが来ていらっしゃるのよ!それもねえ・・」 美子の口元に手をやって美沙子はそっと言った。 「知っているわ。だからわたしも急いで帰って来たの」 美子は、「なんだあ!」と言う表情でほっとしたらしいが、すぐ思い出して、「そうそう、お父さんがいい返事をしないのよ」 と暗い表情をした。 「何で?」 玄関ホールで話をしていたら、応接間から父親の敏茂が出て来て、「何をこそこそ話しているんだ、早く入りなさい」と言ってまた応接間に入って行った。 敏茂の後をついていくように、美子と美沙子が入ると、茂樹がソファから立ち上がって、「どうも、突然こんな話をする為に伺って申し訳ありません」と三人に頭を下げた。 美子と美沙子は、「そんな、とんでもない!申し訳ないなんて!」と口を合わせて言ったが、父親の敏茂はブスッとしていた。 普段、絶対に父親に逆らうようなことをしなかった美沙子も、さすがに父親の憮然とした態度に怒りが込みあげた。 「何で、反対するのよ、お父さん?」 美沙子の初めて見せた造反の態度に、本来、気の弱い敏茂はたじろいだ。 「美沙子さん、お父さんにそんな言い方をしちゃ駄目だよ」 茂樹が間に入る始末になった。 茂樹の態度に、敏茂は好感を持ったのか、「まあまあ、座って話を聞きなさい」 と自分からソファに座った。 「わたしは、二人のことを反対しているんじゃない。美沙子はまだ学校を出て二年しか経っていない二十四才の子供だ。もう少しいろいろ経験してからの方がいいと思っているだけだ。最近の結婚適齢期は三十才前後なんだろう?」 横から母親の美子が口を挟んだ。 「お父さん、そんなこと言ってるけど、要は淋しいから美沙子を出したくないだけでしょう」 「そんなことは決してないよ」 憮然とした態度にまた戻った敏茂に、男同士の感情が湧いた茂樹は、「わかりました。それじゃ結婚の時期はもっと先にするということで如何でしょうか?」 敏茂に向って言った。 「それなら、わたしはいいよ」 まだ憮然とした態度のままの父親に、美沙子は、「お父さん、あまり茂樹さんに失礼じゃない!こんなにお父さんのことを考えて言って下さっているのに」 と言って、泣きながら訴えた。 「適齢期なんて、みんな個人個人で違うんだから。ねえ、和田さん?」 美子だけは、冷静で結構鋭いことを言うので、茂樹も、「そうですね、本当にそうですね」 と感心するのだった。 |