第五十九章  杉本美奈子

耕一は、茂樹と話したことを美奈子と逢った時に言った。
「そう、和田さん、そんなこと言ってたの?美沙ちゃんは、本当は結婚したいんだと思うけど・・・」
美奈子は途中で黙ってしまった。
流産した後、まるで人間が変わったような変身ぶりの美奈子に耕一はいつも言っていた。
「無理しなくて、前のままの美奈子さんでいいんだよ」
最初は、美奈子は耕一に対して言葉遣いまで、敬語で話をしていたが、耕一が止めて欲しいと懇願したので、本人は敬語で喋ることに違和感を持っていなかったが、仕方なく耕一に合わせたのだ。
美奈子の気持ちは、明らかに耕一に対する尊敬の念を、そのまま言葉にしているだけで至極自然であったから、返って今の方が不自然だと思いながら喋っているのだった。
「耕一さん、やはりこの喋り方、何かもう一つ自分が喋っているような気がしないんです。自然に出てくる言葉で喋らせて貰えないでしょうか?」
耕一は、また敬語を使って喋る美奈子の表情を見て、言った。
「どうしてもと言うなら仕方ないですけど、何かよそよそしく感じるんです」
耕一まで丁寧な言葉になっていた。
「よそよそしいなんて!わたしは耕一さんを尊敬しているんです。だからこれで自然なんです。お願いです」
美奈子の真剣な表情を見て、耕一は、「わかりました。しかし、和田のところのような同棲はせずに、僕たちは結婚しましょう」
耕一は美奈子が典型的な現代女性だと思っていたから、結婚することをなかなか持ち出すことが出来ずにいたが、思いきって言ってみた。
美奈子は下を向いて少し黙っていたので、耕一は、『やはり、結婚のことを言ったのはまずかったかな』と内心後悔した。
「すみません。結婚しようなんて言って。だけど僕の気持ちを率直に言っただけです」
下を向いて聞いていた美奈子が顔を上げたら、目に涙をいっぱい溜めていた。
「わたし、本当に嬉しいんです。こんなわたしに結婚をしようと言って頂けるなんて・・・・・」
『大人になった人間がこんなに変わるもんなのか』、と耕一は驚いたが、感動していた。
「前に言っておられたでしょう?女性は男性によっていくらでも変わるものだと。わたし本当にそう思います。それが女性の本当の幸せだと思います。好きな人を尊敬できて、そしてその人によって変身できたら・・・」
美奈子の変身ぶりは奇跡的とも言える程のものだった。
『変な類ばかりの人間になってしまったこの国だが、こういうことが起こるなら、まだ、この国は立ち直ることが出来るかも知れない』
耕一は、そう思った。
「今から美奈子さんの家へ行って、ご両親に結婚の許可を頂きましょう」
耕一は決意した。
「それはいいんですけど、先に結婚届けを出しに行って頂けないでしょうか?変に取られると困るんですけど、何て言ったらいいのか・・・」
また美奈子は下を向いてしまった。
「わかりました。それじゃ今から結婚届けを一緒に出しに行きましょう」
二人は、取りあえず耕一が住んでいる会社の寮がある千葉の市川市役所に結婚届けを出しに行った。
途中でお互いの姓の印鑑を買って、市役所で婚姻届に捺印し、市役所の窓口の中年の下っ端役人に提出したら、「これで婚姻届けは受領されました」と言われた。
美奈子が言った。
「これが、本当の二人だけの結婚式ですね。教会の牧師さんに結婚を認めてもらうよりも緊張しました。本当に良い結婚式だったです。これで今から、わたしは杉本美奈子なんですね」
美奈子は本当に感激した様子だった。