第六章  探し求めて

美沙子を暴漢から助けてくれた男性は、名も告げずに永福町の駅で降りて行った。
「ありがとうございました。あのう、お名前だけでも聞かせて頂けませんか?」
美沙子は、その男性に尋ねてはみたが、「いや、当然のことをしただけですから」と言って立ち去ってしまったのだ。
背格好は日本人の平均からすれば、かなり大きな男性だったことと、顔かたちはうっすらと憶えていたが、思い出そうとすればするほど返って脳裏に浮かんでこなかった。
人間と言うのは不思議なもので、嫌な人間のことは記憶に鮮烈に残っており、望みもしていないのに、しょっちゅう脳裏に浮かぶ上に夢にまで出てくることがある。
思い出したい、夢に見たい、と思う相手ほど出て来ない。
潜在意識の為せる技であって、普段の人間の意識と裏腹のメカニズムになっているから厄介なのだ。
この傾向は男性の方に、より顕著である。
「男は頭で考え、女は体で考える」特徴がここにも顕れている。
しかし女性は何事も体で考え、理性的というより感情が先に立つという見方は断定出来ない。
やはり女性の中でも、性格によって程度の差がある。
美沙子と美奈子が、その両極端の性格を示していた。
美奈子は、感情型でいわゆる体で考えるタイプだから、「こんなことをしてはいけない」と思いつつ体が要求する方を優先してしまう。
男性にとって最も理解し難い女性であり、男性を困らせる女性であるが、逆にそれ故に魅かれるのだ。
美沙子は、理性的なタイプで女性としては珍しい。
先にいろいろ考えてしまって、行動になかなか出られない消極的なタイプに見られがちだが、実は決して消極的ではない。
イメージが頭に湧くとかなり大胆なことを平然とする女性で、美奈子のような感情が先走って行動する女性の方が逆に臆病風を吹かすものだ。
知性的な女性に、社会の常識を破る行動が多い。
女性の作家や芸術家そして数少ない科学者にそのタイプが多いのが物語っている。
美沙子は、普段は慎重で行動に出るのに時間がかかる女性なのだが、今回の事件での行動は違っていた。
名前を知ることが出来ず、もやもやとした想いが恋心の芽生えであることを、本人は認識していた。
彼女の家は吉祥寺で、渋谷から出ている井の頭線の終着駅だ。
渋谷にある銀行に通っていたが、その男性が降りた永福町はちょうど渋谷と吉祥寺の中間にある住宅地にある駅だった。
あの事件以来、美沙子は、通勤の行き帰りに、永福町のプラットホームに電車が入ると、一旦降りて、あの男性がいないか探すことが日課になってしまったのだ。
『あの人に会いたい』想いが、ますます募る。
あの夜の事件が起きた時間帯に、用事も無いのにわざわざ合わせて、渋谷から電車に乗って再会出来る機会をつくろうとまでした。
「もう一度会うことは、もう無理なんだわ」と諦めかけていたら、思わぬところから、その機会がやってきた。