第八章  思わぬ出会い

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか・・・・・・・」
いつもの口調で、窓口に立っている客に応対した美沙子はドキッとして言葉が止まってしまった。
『あの男性だ!』
美沙子は一目で判ったが、相手の男性は気づいていないようだった。
「振り込みをして欲しいんですが」
その男性は、振り込み伝票とお金を、窓口の受け皿に入れてカウンターに差し出した。
「あ、はい。わかりました。この番号札をお持ちになって、お待ちください」
窓口で私語が出来ない美沙子は、後ろを振り向いて、同僚の女性を探した。
「佐藤さん!ちょっとお願い」
美沙子に呼ばれた佐藤という女性に、「ごめんなさい。どうしても、お手洗い我慢し切れなくなっちゃって。十分だけ代わってくれない?」
「はい、わかりました」
佐藤という女性が窓口係りの名札を代えて席に座った。
裏口から出た美沙子は表に出て、外から男性を待つことにした。
五分ほどで出て来たその男性に、美沙子は恥じらいも忘れて声をかけた。
「あの、わたしを憶えていらっしゃいませんか?」
ぽかんとして美沙子の顔を見ていた、その男性は思い出したらしい。
急に表情が明るくなって言った。「ああ、あの時の電車の中の人ですね?先ほどは窓口で思い出せなくて、すみません」
『やっと、思い出してくれた!』
美沙子は内心ほっとしたら、何も言えなくなってしまった。
「神田さん、と言うのですね」
美沙子の胸の名札を見て、その男性は言った。
「はい。神田美沙子といいます。この前は本当にありがとうございました」
「和田茂樹です」
やっと名前が解ったと思うと、力が抜けてしまい、美沙子はよろけた。
彼女を抱き支えた茂樹が、「大丈夫ですか!」驚いて叫んだ。
ほんの数秒、意識を失くしてしまった美沙子が、気がついて目を開けると、茂樹の顔が目の前にあり、『夢でなかった!』と胸の中で歓喜した。
恥ずかしそうに立ちあがった美沙子は、「すみません。仕事に戻らないと・・・。あのどちらに連絡すればいいんでしょうか?」思い切って茂樹に尋ねた。
茂樹は、ポケットから名刺入れを出して、一枚彼女に渡した。
「ここに、僕の会社の電話番号が書いてあります。僕は営業の仕事をしているので、余り、社内にはいませんが、夕方に電話して頂ければ大抵います。それじゃ仕事の邪魔をしては悪いので失礼します。電話頂くのを楽しみにしています」
笑いながら、茂樹はその場を立ち去った。
残された美沙子は、仕事のことも忘れてぼっと立っていた。