第九章  ワル男の龍宮城

「女心と秋の空」という諺がある通り、秋の空は移ろいやすいのが本質である。
特に、日本の昔の女性は、武士社会になるまでは、まさに秋の空を地で生きた女性が多かった。
武士社会になって、男性優位が確立され、戦の道具に女を使われるようになった。
ところが、女の本質がやはり「秋の空」であることが、二十世紀末頃から再び顕れてきた。
そういう意味では、現代日本の男性は最も悲劇であるかも知れない。
しかし、逆に考えれば、男性の負担が軽くなったとも言える。
以前であれば、女性の操を破った男性は一生責任を負わなければならない時代であった。
イスラム社会では、現在でもこの慣習は厳然とある。
ところが、現代日本では、中学生で性行為をしているのが当たり前の風潮になって、少年は、「金でしか女遊びが出来ない情けない、いい歳した大人」とばかにしている。
彼らは、まったく責任意識など無しで同じ女子中学生とセックスに興じている。
これほど、女性を愚弄している時代はないのが実態であることを女性たちは解っていない。
その理由は、女性の打算癖にある。
目先の損得を最重視する女性は、遠くが見えない。
確かに、目先の損得で考えれば女性の打算癖は有効だ。
しかし、その結果とんでもない大きなお釣りが近い将来待ちうけていることに気がつかないのだ。
自ら選んで損をしている。
もういい加減、目を覚まさないと、とんでもないことになる。
美沙子は、こんな歪んだ世の中の実相を小さな時から感じていた。
そして、日本の女性の一番薄汚れたところが、自分から行動しないで,男性からの行動を促すことだと思っていた。
だから、茂樹と再会した時、自分から行動した。
昨今の行動的女性とは根本的に質が違うものだった。
茂樹も、美沙子の一途な行動に打たれた。
電車の中での事件は、女性を助けてやる想いよりも、町のダニの存在を許せなかっただけだ。
だから、自分の名前を敢えて言わなかった。
しかし女性からすれば、「どうして女性から名前を聞いているのに教えてくれないのか」と思い上がるのだ。
これほど、打算的で、姑息な生き物は珍しい。
しかし、不幸なのも、この生き物なのである。
何故なら、女にとって一番の敵である男性に塩を送っているからである。
天敵のワル男にとっては、現代はまさに龍宮城である。