第十章  転身

男女の問題は複雑だ。
ましてや夫婦となると、お互いの自我を知りつくしているだけに、余計複雑な関係になっていく。
いっそ、結婚という慣習などなくしてしまった方が少なくとも、不幸感はお互い減少する。
特に、妻から母親になる女性の変化を、夫である男性がどのように捉えるかで、その後の夫婦関係が大きく変わる。
7年目の浮気とは、言い得て妙な言葉だ。
結婚して子供が生まれて、子育てに神経が行くが故に、夫へのフォローが疎かになるのが、その頃で、夫婦間に溝ができる危険な時期である。
たとえこの危険な時期を切り抜けることができても、後々お互いに引きずることになる出来事が必ず起きる。
子供の本質が3才から5才ぐらいの頃までに固まってしまい、それを一生引きずるように、夫婦関係の本質も結婚して7年ぐらいで固まってしまう。
年齢にして30代半ばまでで、人生のパートナーシップが固まってしまってしまって、あとは、そのまま年齢を重ねていくだけだ。
しかも、潜伏期間があるようで、固まった本質が、現象として顕現するのは、40代から50代である。
男性の場合は40代で顕現するが、女性は50代で顕れる。
更年期の時期が、ちょうどその時期になる。
だから夫婦の問題も、30代半ばで、実はもう固まっていて、あとはその状態を引きずるだけのものになる。
茂樹・美沙子の夫婦生活は、同棲の形を採っていたこと、5年間子供に恵まれなかったことで、紆余曲折はあったが、一般の夫婦よりは30代に入っても新鮮な関係は保たれていた。
特に、日本(ヤマト)の誕生は二人の間の潤滑油となって、良い関係が続いた。
しかし、あっち良ければこっち悪しで、人間の一生はままならない。
総合商社の光の部分ばかりが見えて、大手総合商社に入ったのだが、光を強く放つものには、それだけ大きな陰の部分があることなど知るはずもなかった茂樹は、入社して10年目あたりから、巨大な陰の一部が見え出していた。
ちょうど、その頃に美沙子との間に子供が出来ないことから溝ができたのだが、その根本原因が、自分の仕事に対する疑問が、まわりに影響していたことに彼は気づいた。
しばらくは日本(ヤマト)の存在で、気を紛らせていられたが、日本(ヤマト)がよちよち歩きをし始めた頃から、急に仕事に対する不信感が、茂樹の心にぶり返して来たのだ。
「おい杉本。お前このままずっとこの会社にいるつもりか?」
入社して10年を超えると、仕事に対する自信が湧いてくる。
その頃が倦怠期でもあるから、迷いが生じる。
杉本耕一とは、大学も同じで、入社以来青山の東京本社でも一緒だったから、何でも相談できる相手だった。
また美奈子と美沙子が大学時代からの友人で、結婚前には四人が絡んでの騒動もあったから、人生の悩みについても、茂樹は耕一には相談できた。
しかし、結婚後、彼らの歩む道は違っていった。
代々木の上原に立派な屋敷を構え、子供も既に二人授かった耕一・美奈子夫婦の家庭生活に不満があろうはずがない。
あれだけ修羅場を踏んで、化け物とか怪物と呼ばれていた耕一でも、微温湯に浸かっていると心身共に鈍ってくる。
「何で商社マンが嫌なんだい?」
耕一は茂樹の悩みが理解出来なかった。
茂樹は真剣に転職を考えていたが、学生時代から苦学生だったから、転職する限りは、同じ宮仕えの身になる気はなかった。
だからといって独立して事業する才覚も資金もなかったが、日々、商社マンという職業に対する嫌悪感が募って行くのだった。
「家族には不満はないんだろう?」
耕一の問いに茂樹は頷いた。
家庭に戻ると心が和むから、余計に一日の中で最も多い時間いる会社での苦痛は耐え難いものがあった。
ちょうど、茂樹の先輩でアメリカに駐在していた、石原明が日本に帰って来た。
石原は加藤商事の出世街道を驀進しているエリートだったが、アメリカから帰任した途端、辞表を出した。
「石原さん。辞められてどうするんですか?」
ずっと辞めたいと思っていながら、ふんぎりがつかない茂樹であったのに、エリートの勲章を投げ捨て、いとも簡単に辞める石原に感心して、事情を訊いてみたかったのだ。
「アメリカに駐在していた時に取引のあった三重の松阪にあるアンテナメーカーの社長から、次期社長含みでスカウトされたんだ。松阪に住まなければならないけど、元々は大阪出身だから、東京より松阪の方が近くて何かと便利だし、条件も良かったんだ。それにアメリカで5年仕事をして、つくづく商社という職業に誇りを持てなくなった。アメリカでは商社の存在価値さえ認めてくれなくて、何度も悔しい思いをしてね。そんな鬱積した気持ちの中で、日本に帰ったら、そこの会社の社長から誘われたもんだから決断したんだ」
石原の話は、茂樹にとってひとつひとつ納得できるものだった。
「その松阪の会社で、僕も雇ってくれないですかね?」
石原は、したり顔でニヤッと笑った。
「実は、松阪のメーカーの社長から、東京事務所を開設するので、誰か事務所長候補を探して欲しいと言われた時、君の顔が浮かんでね。君さえ良ければ一度松阪に行ってみないか?」
茂樹にとっては、石原からの提案は渡りに船だった。
「ええ是非ともお願いします」
茂樹は即答した。
石原が誘われた松阪のメーカーは、アメリカで衛性放送のチューナーを販売している中堅のアンテナメーカーだ。
ミクアマアンテナという会社で、社長の佐藤太郎は松阪商工会議所の会頭でもある、地場の名士だ。
その夜、いつものように会社が退けると一目散に美沙子と日本(ヤマト)の待つ千葉のマンションに帰った。
そして石原との話を美沙子に報告した。
一瞬、美沙子は顔を曇らせたが、あまりに茂樹が喜んでいるのを見て、『男性は仕事がすべてだから、本人が喜んでいるなら・・・』と納得して、「それは良かったわね。商社マンという職業に随分悩んでいたもんね」と賛成した。
「賛成してくれてありがとう」
美沙子にも喜んで貰えた茂樹は、本当に嬉しかった。
それから数年後に、思いもよらない大事件になるとは、茂樹は想像すら出来なかったが、美沙子は嫌な予感がしていた。だから一瞬、表情を曇らせたのだ。今の茂樹を止めることは到底無理だと思っていた美沙子は、嫌な予感がしたので表情を曇らせたが、それがとんでもない転身になるとは予想もしていなかった。