第十五章  新しい友情

吉永は、美沙子を標的にするという卑劣な手段に出た。
ミクアマ・リミテッドという貿易を主体にした事業は、吉永の職業歴からすると、異業種であった為に、茂樹との間に明らかに、実務能力においても差は歴然としていたのに、吉永の性格がそれを許さなかった。
女性を顧客とする市場を専門にして来た吉永は、本人も知らぬ間に、性格が女性的に変わっていた。
男女の本質からすると、一見男性の方が支配欲が旺盛のように思われがちだが、実態は逆だ。
それは、女性が母親になった時に遺憾なく発揮される。
自分の子供を支配しようとするのが、先ず母親である。
母親の支配欲から生じる、子供に対する扱いは、ある意味で奴隷であり、所有物に対してのものである。
だから、ものに対する執着が強くなり、買い物欲旺盛になるのだ。
吉永のこういった女性的性格を、男っぽい性格の茂樹が見抜くのは極めて困難であった。
重子は、吉永のこういった女性的な面を感知しなければならない立場にありながら、吉永の余りにも複雑な性格が、大雑把な性格の重子には苦手な相手だったのだ。これがお互いに不幸であったと言える。
吉永は、1枚の葉書を差し出し人名なしで美沙子宛てに出した。
そこには、こう書かれてあった。
「あなたのご主人と、同じ会社の大隈重子とは、男女関係にあります。かつてのあなたの主人の愛人より」
いかにも女性の筆跡だった。
葉書を受け取った美沙子は一瞬、目の前が真っ暗になった。
しかし、ふたりの間には危機を乗りきって来た信頼という絆があったから、すぐに美沙子は冷静になって考えた。
『こんな卑劣やり方をするのは女性的な人間で、女性では出来ない』
そう思った美沙子は、受話器を取って、一度も掛けたことのないミクアマ・リミテッドのダイアルを回した。
「もしもし。お世話になっております。ミクアマ・リミテッドです」
出てきた女性の声の若さで、鈴木京子だと美沙子は察した。
「あの、大隈重子さんをお願いしたのですが」
美沙子の声を知らない京子は、「はい。失礼ですが?」と訊いてきた。
「友人の柴田と申します」
美沙子は美奈子の旧姓を利用した。
受話器の向こうで京子が、「大隈さん。お友達の柴田さんからお電話です」と言っているのが聞こえる。
「柴田?知らないわ、そんな友人?」と怪訝な声を出しながら、「もしもし、大隈ですが」と重子は電話に出て来た。
「もしもし、すみません、名前を偏って。和田の家内ですが、名前を明かさないでくださいませんか?」
電話での会話でありながら、ひそひそ声で話す美沙子の口調に大雑把な重子もさすがに察したようだ。
「ああ、はい。ああ柴田さん久しぶりね」
大根役者が喋る台詞のような見え見えのところが美沙子にはおかしかった。
「電話では、詳しいことをお話するのも難しいので、今日の夕方に千葉まで、来て頂けないでしょうか。勝手は承知ですが、なにぶん小さな子供がいるんもんで・・・」
ヤマトを連れて、美沙子は千葉駅前の喫茶店で重子と会った。
美沙子が例の葉書を、重子に見せた。
おおらかな重子もさすがにショックを受けたらしく、殊勝な態度になって、「迷惑をお掛けして申し訳ありません」と美沙子に頭を下げた。
『本当だったんだ!』
ショックを受けた、美沙子は、「やはり主人と・・・」と言うのを聞いた重子が急に笑い出した。
「嫌だ!そうじゃないんですよ。・・・・」
「ええ?」と首をひねっている美沙子に、「わたしと和田さんが出来てるなんてある訳ないですよ。嫌だ!」と言って笑い出した。
ふたりはそれから2時間ほど話をした。
「これから、個人的によろしくお願いします」
重子に頭を下げた美沙子に向かって、重子も恐縮して、「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。
顔を上げたふたりの目が合って、お互いに笑い出した。
美沙子にとって、美奈子以来の新しい友情が芽生えていた。