第十九章  電話攻勢

嫌がらせの葉書の件を茂樹に報告した美沙子は、却って、その結果大隈重子と親しくなれて喜んでいることを言うと、茂樹は真剣な顔をして言った。
「あの狡猾な吉永がやったことは間違いない。吉永だけなら、心配はしないけど、そこに赤木という、これがどうしようもない破廉恥な男が絡んで来たのが厄介なんだ」
「誰?赤木さんて。聞いたことの無い名前だわ」
何と説明していいか、困ってしまって天井を見ながら考えていた茂樹が、あの糞が腐ったような顔の色と、何とも言えない品の無い大阪弁を思い出すと、腹が立つよりも、おかしくなって笑い出してしまった。
「何がおかしいの?深刻な顔をしていると思ったら、急に笑い出したりして・・・」
赤木が会社に現れた、今日の件を美沙子に話した。
「そんな赤木さんの話より、重子さんは本当に大らかな方ね。わたしああいう方大好き!」
美沙子が、吉永や赤木のことをまったく気にしていない様子なのを見て余計心配になった茂樹は、念の為に吉永と赤木の特徴を説明した。
「嫌がらせの葉書を書いてくる奴だ。今日秋葉原でボイスバーを買って来たから、もし嫌がらせの電話をして来たら、これで録音をしておくんだよ」
そう言って茂樹は万年筆のような細いバーを美沙子に手渡した。
「電話の傍に置いて、変な電話だったら、すぐにこのボタンを押すんだ。そうすれば相手の声をばっちり録音してくれるから・・・・・いいね?」
その翌日の午後1時過ぎに電話が掛かってきた。
「はい。もしもし和田ですが」
美沙子は電話に出た。
「朝焼新聞ですが、和田茂樹さんのお宅でしょうか」
新聞社から電話と言われて、美沙子は一瞬ドキッとしたが、傍にあったボイスバーのボタンを押した。
「はい、そうですが」
美沙子はそれ以上何も喋らなかった。
「匿名で、和田茂樹さんが会社で不正をしていているので、糾弾して欲しいという手紙が当新聞社宛てに送られてきたのです」
美沙子は、言葉遣いは標準語だが、アクセントがおかしいのに気づき、また例の一件に関わるいたずらではないかと疑った。
「今主人は会社に行っておりません。用事があれば会社の方に電話をして下さい」
毅然とした口調で言う美沙子に、たじろいだ記者は、急に言葉遣いが変わって喋り出した。
「新聞社言うのは嘘や!わしは大阪の川井組のもんや!お前の旦那に怨みを持っているんで、あんたにその代償を払ってもらおうと思うてんねんや!ちょっと東京まで出て来てくれへんか?」
「お名前は?」
余計な口は一切きかない美沙子の質問に、「名前は言われへん!」と返事した男に美沙子は言い返した。
「だけど、大阪の川井組とおっしゃったじゃないですか。その名前を言ったら一緒じゃないですか!」
美沙子の言っていることが理解出来ない男は、「お前、何言うてんねん、訳のわからんことを?」
美沙子は、その男に喧嘩を売った。
「川井組というのは暴力団でしょう?」
男は答えた。
「そうや、その通りや。怖いやろ?」
余計なことを喋る男は、美沙子のことを知らない。
「暴力団の方が名乗ったら、それだけで犯罪になることご存知でしょう?」
「・・・・・・・」
相手の男は黙っていた。
「今までの会話すべて録音してありますからね!わたし今から警察にこの録音テープを持って行きます。良くって?」
反対に美沙子に脅かされて、男は動揺した様子だった。
「奥さん。すんません。堪忍して下さい!」
今度は泣き声で懇願してくる始末で、美沙子も重子のことを思い出して、噴きだしそうになった。
「お名前を教えてください。赤木さんでしょう?」
間髪を入れずに、赤木は答えた。
「はい。おっしゃる通りです。すみません」
神妙な状態の方がまともに喋れると思った美沙子だった。