第二十章  魔がさす

「何処から電話を掛けていらっしゃるのですか?」
美沙子が訊ねた。
「ええ、奥さん!東京に出て来て頂けるのですか?」
美沙子は赤木の反応に唖然とした。
『どこまで能天気な男なのかしら』
呆れた美沙子は暫く言葉が出なかった。
「主人から、あなたにコンタクトしてもらいますから、何処にいらっしゃるんですか?と訊いているんです」
厳しい口調で喋ると、恐縮した言葉遣いになるが、内容はまったく変わっていない。
「ああ、どうも申し訳ございません。それでは、わたくしめが、奥様の処へお伺いいたしましょうか?」
いらいらする美沙子は、冷静に考えてみた。
『この男は、わたしを女と思って、とぼけているんじゃないかしら。居所を知られたくないのだ。だからあんな風にごまかしているんだわ』
そう考えると無性に腹が立ってきた美沙子は、自分で懲らしめてやろうと思った。
「そう。それじゃいらっして下さいな」
と言ってしまった。
「わかりました。千葉市内のコーポアローラの410号室ですね。今すぐにそちらへ向かいます。絶対に待っていて下さいよ。すっぽかさないでくださいよ、奥さん」
と言って電話を切ってしまった。
美沙子は、頭が痛くなって、思考力が停止していた。
女性のアキレス腱は、頭を使い過ぎると、肉体的反応が出て、大概は頭痛が起こる。そして思考力が停止して、体で反応してしまう。
これで、人生を台無しにする女性が昔から多い。
女垂らしの男は、このアキレス腱を直感と経験の豊富さで良く知っているのだ。
どんな人間にも取り得がある。
赤木は、知性のかけらも無い男だが、女のアキレス腱を見抜く直感力を持っていた。
『なんであんな阿呆な男が、女にもてるんだ?』
と男たちは不思議に思うが、その手品の種はここにある。
美沙子も、手品に一瞬掛かってしまった。
若い頃から人一倍警戒心の強い女性だった美沙子は、男性に余りもてなかった。
男女の関係は複雑である。
男から見ると、『あんな阿呆な男に・・・』と思うように、女性から見ると、『なんであんないい加減な女が、男にもてるのかしら?』と思うのだ。
結局は、阿呆な男といい加減な女が織り成す、猿芝居が男女の恋愛劇であると言えるかも知れない。
美沙子は念の為に、茂樹に電話をした。
「何だって?家に呼んだって!馬鹿だなあ!今すぐに帰るから、絶対に中に入れては駄目だ!」
「ガチャン!」
電話を一方的に切られた美沙子は、「しまった!」と思った。
電車で千葉駅まで飛んで行き、そこからタクシーに乗って、やっとマンションに着いた茂樹は、ドアが開いているのに気がついて、『チッ!』と呟いた。
奥から男の笑う声が聞こえる。
茂樹の顔は真っ青になった。