第二十一章  分断作戦

「いやあ、奥さん。わたしは和田社長の味方ですからね。心配しないでください。吉永みたいな卑しい奴なんかと手を組むような馬鹿なことはしません」
事務所では、こてこての大阪弁を喋っていた男が、実に上手い標準語を美沙子には使っている。
「昨夜、神田の一杯飲み屋で、吉永の奴と一緒したんですが、最初は自分がおごらなきゃーならんと思っていたらしく、しけた店に連れて行くんですよ。それで、僕がおごってやると言った途端に、どんどん注文した挙句に、『なんだあ!そうならもっと高級な店に行けば良かった!』と言うんですよ。しけた奴ですよ」
隣の部屋で聞いていた茂樹は、一旦外に出て、チャイムを押した。
「はい。あなた!」
美沙子が元気のいい声で言った。
『大丈夫だという合図だな』
胸を撫で下ろした茂樹は鍵が開いていることを知らぬ振りしてドアーの外で待っていた。
『ガチャン』と言う音がして、美沙子が嬉しそうにドアー越しに笑顔を出した。
その後ろから赤木が、今にも美沙子の体に触れんばかりに顔を覗かせている。
茂樹も、さすがに怒る気にもならず、苦笑してしまった。
「わたしの気持ち、解るでしょう?言われた通りにしなかったのは悪いと思うけど、仕方ないでしょう?」
茂樹に叱られることを気にしていた美沙子は、開口一番茂樹の目を見て言った。
「うん、そうだな!」
茂樹も美沙子の目を見て、頷いた。
「まあ、赤木さん。せっかく家に来て頂いたのだから、食事でもして行ってください」
そう言って、美沙子に合図をすると、「わたし、それじゃ食事の用意しますから、あなた、お相手してください」
キッチンの方へ向かいながら言う美沙子の後姿を、赤木が舐め回すように凝視していた。
『この男は、病的なほどの性倒錯者なんだ。旦那の前でも、あんな卑しい目つきをするのは、病気としか思えない』
そう確信した茂樹は、強引に話題を吉永の方へ持って行った。
「吉永君が、僕に反感を持っているらしいですね?」
単刀直入に訊いてみた。
「そうでっせ、和田さん。気いつけなはれや」
茂樹と話すときは、大阪弁に変わる。
「何か、昨夜言っていましたか?」
何も考えずに、赤木はいかにも色気狂い典型の薄気味悪い笑を浮かべて言った。
「和田社長を、失脚させる相談をしたいと、吉永から言うて来たもんやから一緒に話をしたんですわ。そやけど、僕が会社の経費でおごると言ったら、相談事なんかそっちのけで呑むわ、食うわで、結局何の話もなかったですわ」
顔付きから、嘘をついていそうにないと思った茂樹は、ずばり言った。
「吉永君の動向を、僕に流してくれませんか?悪いようにはしません」
茂樹はふたりの間を分断する作戦に出た。
そこへ、美沙子がお茶を持って来て、茂樹に、赤木との会話を録音したボイスバーを渡して言った。
「そりゃ、絶対に赤木さんは、主人の味方になってくれますよね?」
糞が腐ったような顔の色に蒼みが加わって、一層不気味な顔付きになる赤木が、ニコチンの黒さが溜まった歯を見せながら、美沙子に向かって言った。
「もちろんです。奥さんの為なら、いつでも裸になりますよ!」
茂樹と美沙子は、お互いに顔を見ながら呆れているのだった。