第三章  倦怠期のずれ

男と女では、結婚適齢期が違うように、倦怠期も違う。
女の方が結婚適齢期は早いのに、倦怠期は逆に男よりも相当遅いのが、男女間の大きな溝となるようだ。
女は一部例外はあるが、概ねスローテンポな生き方をする。
従って、本来は結婚適齢期をメンタルな面から見ると女の方が結婚する時期も遅くなるはずなのだが、肉体の成長・衰退が男よりも早い為に、肉体の絶頂期に出来るだけ良い相手と結婚する為のアドヴァンテージを取っておきたい故であろう。
一方、倦怠期は男の方が相当早くやって来る。
七年目の浮気などという映画があったぐらいだから、一生における結婚期間からすると、ほとんどが我慢の結婚生活に明け暮れることになる。
特に、男はその倦怠感を仕事で紛らわせる。
主婦業に専念する女は、生きる世界が狭くなるため、比較対象が極めて少ない結果、現状に満足し、倦怠期がなかなかやって来ない。
その上に子供ができれば、子育てに追われて、それどころではなくなる。
この間に男女間で大きなずれが生じる。
現代日本社会は、欧米化されて、女性の社会進出が活発化され、結婚しても仕事を続ける機会が多くなった。
それが離婚率の急上昇の原因になっている。
女性の生きている世間が広くなったからであろう。
もちろん、それに伴う経済力のバランスも崩れていったのも大きな理由だ。
専業主婦が多かった世代の女性が、男が衰退期に入って力のバランスが崩れて時に、豹変するのは、倦怠期のやって来る時期がその期間であり、男の経済力の低下がそれに拍車をかけるからだ。
しかし、若い夫婦は、最初から経済力に、さほど差がないから、すぐに倦怠期がやって来る。
生理的に判断する女の方が、一度嫌と思ったら、元に戻そうとする理性は、ほとんど働かない。
ますますこの傾向は強くなっていくだろう。
まさに男受難の時代になった。
耕一・美奈子夫婦は、専業主婦で、しかも二人の子供がいたから、倦怠期はまだやって来ていなかった。
茂樹・美沙子夫婦は、共稼ぎで、子供もいなかったから、五年も経つとお互いに倦怠感が襲って来る。
エレベータの前で顔を合わせた二人は、お互いに他人を見るような目で見ていた。
しかし、まだ二人には相手に対する想いの強さが残っていたから、すぐに普段の表情に変わって、お互いに笑顔を交換した。
しかし、この時に、二人の間に倦怠期がやって来ていたのだが、お互いにはっきりと認識するまでにはいかなかった。