第一章  単身赴任の社長

松阪アンテナの滑り出しは順調だった。
新会社発足1年目から、松阪アンテナが毎月黒字を出すことが出来たのも、怪物サラリーマン東郷英之介の大鉈パワーのお陰であることは、従業員全員が知っていた。
製造業だけに工場が要る。
現場労働者の数は50人近くいたが、サンシー電気からの3年契約25億円の注文が約束されていたため、当面工場運営に集中すればよかった社長の茂樹はミクアマアンテナの工場長をしていた滝沢健一をスカウトして取締役工場長として任せることにした。
松阪生まれの滝沢新工場長は、松阪近隣の取引先に顔が利いたので、資金が潤沢でない松阪アンテナにとっては救世主だった。
サンシー電気から25億円の注文を貰っていたからといって、25億円のお金を貰ったわけではない。
製品であるアンテナを製造・納品して初めてお金になる。
商社とメーカーでは考え方も違うが、何と言っても、商社マインドはマーチャント(商人)だが、メーカーマインドはインダストリアリスト(産業人)であり、国家の経済のバックボーンを担う。
茂樹は、加藤商事に勤務していた頃は、世界の主要都市に海外事務所を持つ大手総合商社が日本の国の顔だと思っていた。
しかし、物づくりをしないで、サービスを提供するだけの商社業に何となく空しさを感じてはいた。
工場が稼動し始めた時、今までに無い感動を覚えた茂樹は製造業の面白さを初めて経験した。
茂樹は家族を千葉に残して松阪に単身赴任した。
本社及び工場は松阪だが、東京にも事務所を構えて半々の生活をすることになった茂樹は、東京で独身生活をしている時は、何の不自由も感じなかったが、さすがに今度の二重生活は堪えた。
茂樹が久しぶりに千葉のマンションに帰った時、心身共に疲れ果てた茂樹の顔を見た美沙子はびっくりした。
「どこか具合が悪いの?まるで幽霊みたいな蒼い顔をしているわ!」
玄関まで迎えに出た美沙子が、思わず叫んでしまった。
「別にどこも悪いところはないと思うけど、松阪と千葉の二重生活は思った以上に厳しいねえ」
会社を設立した時、社長である茂樹が本社工場のある松阪に居を構えないことで、工場長の滝沢と意見が衝突した。
滝沢が言うことが正論であることを茂樹も内心認めてはいたが、石原がミクアマアンテナの社長含みでスカウトされ家族全員が松阪に移ったことが、心に引っ掛かっていたのだ。
『自分も同じ羽目になるのではないか』という不安感を持ちながら事業をしたくなかった茂樹は、滝沢の強硬な意見を退けたのだ。
それが、後々ふたりの間に大きな亀裂が生じるとは茂樹は思ってもいなかった。
『ああ、やっぱり家庭はいいなあ!』
千葉の自宅に帰った茂樹は、ただそう思うだけだった。