第二章  滝沢健一

松阪アンテナの経営は恐いほど順調に推移していたのも、サンシー電気からの3年分の注文が保証されていたのだから当然と言えば当然のことで、これだけの応援があってもたもたしていたら、却って茂樹の器量を問われることになる。
そのことを重々承知していた茂樹は油断が自分にとって一番の大敵であると戒めていた。
しかし経営のパートナーとなった工場長の滝沢健一は有頂天になり、自分の工場管理が松阪アンテナの経営実績を支えていると思い込んでいた。
次第に茂樹に対する態度も横柄になって、ある日工場に出社していた茂樹にとんでもない要求をしてきた。
「和田はん。あんたが社長なら、わしは副社長になって当然とちゃうか?工場長では、あまりにも格差があるわ。そう思へんか?」
生来短気の茂樹だったから、一瞬ムカッとしたが、『ここで短気を起こしたら、俺の負けだ!』と自分に言い聞かせた。
自分よりも10才も年上であったから、茂樹は精一杯礼儀を尽くした。
「そうですね。滝沢さんの言われることも尤もですが、ここはサンシー電気の東郷さんにも了解を得ておいた方がいいと思うので、少し時間を下さい」
茂樹に、東郷英之介の名前を出された上で冷静な返事をされた滝沢は黙ってしまった。
滝沢にとって東郷英之介は大魔神のような存在だった。
ミクアマアンテナの工場長をしていた時代に、サンシー電気の営業窓口もしていた滝沢は、当時サンシー電気の名物男として有名だった国村という国内営業課長のところによく通っていた。
国村家富というまるでポルノ小説に出てくるスケベエ親父のような名前の男で、営業課長の職責を悪用して会社の経費を独り占めしていると黒い噂のある男であった。
ある日、滝沢と佐藤社長がサンシー電気を訪問したことがあった。
佐藤社長は、サウジアラビア向けにサンシー電気のテレビをミクアマブランドでOEM供給をして欲しいと国村に申し入れしたのだ。
早速、国村は輸出部長の西田部長に、その由、申し入れして了解を取り付けていた。
西田と国村はサンシーブラジルで同じ釜の飯を食った仲だったから、西田も国村の言うことを聞いたのだ。
しかし、西田の下にいた英之介が真っ向から反対した。
英之介を説得する為に、サンシー電気を訪問した佐藤は、国村に英之介を呼んでくれる様依頼した。
「ああ、東郷なあ。あいつのことなら、わしもよう知ってまあ。よっしゃ、すぐに呼びまっさ!」
国村は電話で英之介に応接室に来るよう言った。
部屋に入って来た英之介に、国村は言った。
「あのなあ、東郷。ミクアマブランドのテレビをサウジアラビアにOEM供給する件やけどな・・・」
国村が話している途中なのに英之介は割って入った。
「国村さん。その話なら、もうお断りしていますよ」
平然と言い放った英之介に、国村の罵声が飛んだ。
「貴様!部長であるこのわしに、平のぶんざいで偉そうな口を叩くな!」
一般のサンシー社員なら、国村のこの罵声だけで震え上がってしまうのだが、英之介は平然としていた。
「僕は確かに平社員だが、あんたは50を過ぎた牢名主のような課長じゃないか!部長だなんて寝言を言うんじゃないよ!ははは!」
国村に笑い飛ばすように言い放った英之介の目は獲物を狙う鷲のような目をしていた。
「貴様!」と真っ赤な顔をして怒り狂う国村を無視するかのように部屋を出て行った英之介に、滝沢は恐怖を感じた。
それ以来、滝沢は国村から英之介に鞍替えしたのだ。
死んだ佐藤社長が、「あの東郷という青年は将来、サンシー電気ではなく、日本を背負っていく人物になるなあ!」と絶賛していたのを聞いた滝沢は、20才以上も年下の英之介に心酔していた。
「そうでんなあ!東郷はんから3年分の注文を貰うてなかったら、営業の責任の和田はんは、今ごろのんびりしてられまへんわなあ。わしは製造責任者として立派に責任果たしとるけど・・・」
『こいつは、まるで何もわかっていない!こんな奴に経営パートナーなんて言わせるか!』
茂樹は心の中で呟いていたが、表面は冷静な表情で滝沢に言った。
「近々、東郷さんに会う約束をしているので、その時に話をしましょう」
滝沢の表情が急に明るくなった。
「東郷はんと会うんでっか?わしも一緒させてくれまへんか?」
『誰がお前なんかと!』
と思った茂樹だったが、断る理由もなかったので不承不承了解したのだ。
それがひょんな結果を生むとは、茂樹は予想もしなかった。