第三章  英之介との友情

茂樹と滝沢は、心斎橋にあるホテル日航で東郷英之介が来るのを待っていた。
滝沢健一は、英之介に対して畏敬の念はあるが、茂樹より永い付き合いだけに、自信を持っていた。
「東郷はん、遅いな。約束に遅れるような人ではないねんけどなあ!」
茂樹の方を見ながら余裕の笑みを浮かべていた。
『そう言えばそうだなあ!あの人が遅れてくることは一度もなかった。何かあったのかなあ?』
茂樹は少し不安になった。
そこへ、英之介の声が聞こえた。
「どうも待たせてしまって、申し訳ありません。大渋滞に遭ってしまって・・・」
本当に申し訳なさそうな表情で二人を見た英之介に滝沢は言った。
「東郷はん、相変わらずランボルギーニエスパーダに乗ってはるんでっか?」
滝沢は自慢気に英之介ではなく茂樹の方を向いて言った。
「ええ、そうです」
何気なく英之介は答えたが、滝沢の質問は茂樹の方に向けられたものだったのだ。
察しの良い英之介は、すぐに滝沢の魂胆を見抜いた。
「和田社長さん、会社経営は順調のようですね。僕のような大企業の看板を背に偉そうなことを言っている若造とは違っていらっしゃる。尊敬しますよ」
無邪気な表情で喋る英之介は、やはり30過ぎの青年であった。
『少年のような笑いと、成熟した大人の奥深さが混在している不思議な人物だなあ』と茂樹は心の中で呟いた。
茂樹が英之介に褒められているのを横で聞いていた滝沢は急に不機嫌な表情に変わった。
「滝沢さん。あなたは取締役工場長らしいですね。工場管理はそこそこできても、従業員を取締まる役は、ちょっと重過ぎるのではないですかね。ねえ和田社長どうですか、あなたの率直な意見を聞きたいですね」
英之介の強烈なパンチを喰らった滝沢は黙り込んでしまった。
「弁慶の奥座敷を予約してありますから、早速行きましょう」
英之介は、茂樹に礼を尽くして自分よりも先に茂樹を店に通したが、滝沢はまったく無視された。
社長と取締役とでは格が違うということを、英之介に思いしらされたのである。
激情肌の茂樹は、英之介の思いやりに感激した。
『この人の顔を潰すようなことだけはしたくない!』
そう思った茂樹は、滝沢の方に目をやりながら、英之介に言った。
「東郷さん、うちの滝沢はナンバーツーです。工場の管理は、わたしは素人のもんですから、滝沢を全面信頼していますし、よくやってくれていると思っています」
茂樹の滝沢への配慮を察した英之介は、それ以上滝沢のことには触れなかった。
「松阪アンテナも、そろそろ自前の工場を持ってもいいんじゃないですか。ねえ滝沢工場長?」
滝沢の方を見やりながら、英之介は微笑を浮かべて言った。
「何ですって?自前の工場をですか?」
茂樹は絶叫した。
「そうです。サンシー電気は、これから大増産計画を立てる。その為に八尾工場の拡張をすることが決定したのです。だから御社のアンテナも大増産計画を立ててもらわないと・・・」
嬉しいやら、恐ろしいやら、茂樹はしばらく茫然としていた。
工場の拡張の話だと、自分の得意分野だと思った滝沢だったが、「所詮お前は使用人だ!」と英之介から決め付けられて、厚顔無恥の滝沢もさすがに黙ってしまった。
「工場建設となると莫大な資金が要ります。わたしの今の実力では、金融機関はどこも融資してくれません」
茂樹は、残念だがその事実を受け入れていた。
「サンシー電気の増産計画で、松阪アンテナにも工場拡張工事をやってもらうんだから、サンシー電気も応分の責任を持ちますよ。月産能力30万にして頂きたいんです」
月産能力30万と言えば、今の賃貸工場の5倍の生産力を有する工場ということになる。
年間売上も一挙に30億円になるし、従業員も増員しなければならない。
『これは大変なことになったなあ』
茂樹は、胸がキューと締めつけられるようだった。
二人の話を聞いていた滝沢は、豆鉄砲を食らった鳩のような表情で口をポカンと開けていた。
不安と期待が交錯する中、三人がホテル日航で会食してから1年半が経った。
サンシー電気の債務保証でしあわせ銀行が、松阪アンテナの工場建設資金を融資して、いよいよ新工場の落成式の日がやって来た。
茂樹は感無量だったが、ひとつだけ気がかりなことがあった。
松阪アンテナに合流する予定だった石原が、その後音信不通になってしまったのだ。
祝いにやって来た英之介が、お礼の挨拶を済ませた茂樹の耳もとに囁いた。
「石原さんは、ミクアマアンテナの倒産で大きな債務保証の責任を押し付けられて、身動き出来ないようです。残念でしょうが和田さんと合流する見込みはないでしょうね。せっかくホテル日航での三人の約束ごとでここまで漕ぎつけた松阪アンテナですが、和田さん独りで頑張って行くしかないですね。わたしは全面協力しますからご心配なさらないでください」
石原のことは残念だが、それよりも英之介の配慮に対する感激の方が、今の茂樹には大きかった。
『さあ、これからが本当の勝負だ』
茂樹は、気が引き締まる思いを心地良く受け留めるのだった。