第四十四節 可憐憫者

「諸仏いはく、『此輩罪根深重(しはいざいこんじんじゅう)なり、可憐憫者(かれんみんしゃ)なり』
『深重』の『罪根』たとひ無端なりとも、『此輩』の深重担なり。この深重担、しばらく放行(ほうあん)して著眼看(じゃげんかん)すべし。」

(解釈)
罪の重さが無限であっても、この世の凡夫はそれを担いで生きてゆかねばならない。
しばし担ぐことを自ら放してみて、自己を客観的に観ることが大事である。


凡人はついつい己の不幸を不憫に想い、自己憐憫に陥る癖があります。
少しの間だけでいいから、放り投げてみることです。
少しの間こそ、『今、ここ』です。