第四十九節 得吾皮肉骨髄
「あるときは一道の放屁声(ほうひしん)なり、放屎声(ほうしきょう)なり。
鼻孔(びくう)あるは齅得(きゅうて)あう、耳処(にしょ)・身処(しんじょ)・行履処(あんりしょ)あるに聴取(ちんしゅ)するなり。又、得吾皮肉骨髄(とくごひにくこつずい)するときあり、さらに行得(あんて)に他よりえざるものなり。」

(解釈)
放屁の音、放屎の香、いずれも絶対の真実である。鼻で齅うことも同じである。
耳は身体のあるべきところにあるゆえに聴き取ることができる。
達磨大師の弟子が大師の皮・肉・骨・髄を得たことによって印可された故事のように、自己の生命活動以外から得るものはない。


考え方で生きるのではなく、在り方で生きることであります。