第七節 所成寿命

「しるべし、菩薩の寿命いまに連綿とあるにあらず、仏寿命の過去に布遍せるにあらず。いまいふ『上数(じょうしゅ)』は全『所成(しょじょう)』なり。いひきたる『今猶(こんゆう)』は、全『寿命』なり。『我本行(がほんぎょう)』たとひ万里一条鉄なりとも、百年抛却任縦横(はくねんほうきゅうにんじゅうおう)なり。」



(解釈)
菩薩の寿命が今の釈迦牟尼仏まで続いているのではない。釈尊が成仏してから多くの時が過ぎたが、ここでは時間など問題ではない。『所成寿命』即ち成る所の寿命がその全体である。『我本行』すなわち本来の行がたとえ万里につながる一条の鉄であっても、未来永劫縦横無尽に拡がるべきものなり。


菩薩道への本来の行とは、所成寿命すなわち在るがままの姿を受け入れることにあるのです。