第七十七節 為自為他・為説為聴
「雪峰の『在火焔裏、転大法輪』、かならず委悉に参学すべし。
玄沙の道(どう)に混乱することなかれ。雪峰の道を通ずるは、仏威儀を威儀するなり。火焔の三世諸仏を在裏せしむる、一無尽法界・二無尽法界の周遍のみにあらず。一微塵・二微塵の通達のみにならず。転大法輪を量として、大小広狭の量に擬することなかれ。転大法輪は、為自為他にあらず、為説為聴にあらず。」

(解釈)
雪峰の、『生きている真実の説法』、かならず悉く学ぶべし。
玄沙の道と混在することなきように。
雪峰を道に通ずることは、仏の姿を姿として実現することである。
生きている真実である三世諸仏を、その中に在らしめ、一無尽法界・二無尽法界にあまねくゆきわたる。一微塵・二微塵の風聞に左右されず。
転大法輪を大小広狭の量として測ることのなきように。
転大法輪とは、説いたり聴いたりの関係ではなく、自己の真実の実現(行仏)である。


十方諸仏は量の問題であり、三世諸仏は時間の問題であり、時間の問題とは質の問題であります。