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第八十二節 三世諸仏聴法 「玄沙の道(どう)かくのごとくなりといへども、参学の力量とすべきところあり。いはゆる経師論師の大乗小乗の局量(こくりょう)の性相(しょうそう)にかかはれず、仏々祖々正伝せる性相を参学すべし。 いはゆる三世諸仏の聴法なり。これ大小乗の性相にあらざるところなり。」 (解釈) 玄沙の聴法の道はかくのごとくといえども、評価するべき点がある。 いわゆる経典だけで教えを説く連中とは根本的に違い、代々仏祖の教えを正しく伝えているところがある。 三世諸仏の聴法が、いわゆる大乗、小乗の教えと違う点である。 三世諸仏の説法においては聴くことも説法である証左であります。 |